最近、日本ボクシング連盟の告発状問題が日本のスポーツ界で話題になっていると知りました。
報道では、日本ボクシング連盟、特に山根明会長に関するいろいろな疑惑が報じられていますが、こちらでは、台北市で見てきた限りの様子を紹介いたします。
第3回台北市カップ国際アマチュアボクシング大会の開会式より 壇上前列の左端が山根明会長 2013年8月15日撮影
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きっかけは、しずちゃん
日本ボクシング連盟をはじめて知ったのは、2011年の台北市カップ国際ボクシングアマチュア大会でした。この時、南海キャンディーズの「しずちゃん」こと山崎静代さんがエントリーしていた関係で、日本から報道陣が多く詰めかけていたのを今も覚えています。山崎は負けたものの、他の日本の選手たちの健闘が光り、大会も成功裡に終わりました。
2011年の大会を機に、主催した台北市ボクシング協会は2012年以降も大会を開催し、規模も拡大していきました。それに歩調を合わせるかのように、日本ボクシング連盟は2015年まで選手団の派遣を続けていました。
2016年はリオ五輪後の11月に開催したこともあり、中国との交流大会になりましたが、2017年8月の開催時は選手を派遣していました。
日本の選手団と山根明会長の様子
私は、昨年以外は会場で日本の選手団の様子を見てきましたが、壇上に用意されたソファーに山根明会長はいつも座り、日本にとどまらず、大会に出場していた選手たちの様子を見守ってきていました。日本の選手たちも、それに応えるかのように試合が終わったら、山根会長のところへ赴き、一礼をする姿は、恒例とも言える感じでした。
また、表彰式で、日本の選手にメダルをかける際は、握手しながらあれこれ語りかける山根会長の姿もあり、本当に「ボクシングを愛するおじさん」という印象でした。
一方で、山根会長の存在感、威圧感は他の関係者と比べると、「他の追随を許さない」というのが当てはまるくらいで、私も台湾側の関係者に付き添いでお会いした時も圧倒されっぱなしだったのを今も覚えています。
台湾側から見た印象
2016年以外、大会に選手団を毎年派遣するだけでなく、雑誌の編集部と共同で行ったボクシング関係のイベント(エキシビジョンマッチ)にも選手の派遣を許可したこともあり、台北市ボクシング協会は日本ボクシング連盟に感謝の気持ちを強く持っています。第1回大会で「しずちゃん」がエントリーし、注目を集めさせたことで、大会が長く続く原動力になっただけでなく、実力のある選手が毎年エントリーしたことで大会の屋台骨を支える存在になり、大きな貢献をしてきたのは間違いないところです。
報道内容の真偽は定かではありませんし、私自身、検証のしようもありませんが、台湾側の視点からすると、今回の告発状騒動は本当に寂しく、残念に思います。