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管理人:髙原成龍

ハンドルネームの由来

髙→髙田延彦
……
ハンドルネームを考えた際、第2次UWF時代からの髙田延彦さんのファンである私は、名前から、一字でも使えないだろうかと考えていました。いろいろ考えた結果、名字は髙田さんの「髙(注:以前は『高』の字を使っていました)」を使うことにしました。

原→原辰徳
……子供の頃から巨人ファンの私ですが、当時の巨人の四番打者は原辰徳さんでした。周りはあれこれうるさかったですが、そのカッコよさと、プレーに瞬く間にひかれ、好きな数字も自動的に背番号の「8」になるほど夢中になりました。ハンドルネームを考えた際、原さんの名前からなんとか一字でも使えないだろうかと考え、名字の「原」を使うことにしました。

成龍→ジャッキー・チェン
……「成龍」はジャッキー・チェンのことですが、香港の有名アクションスター以外、何も知りませんでした。高田さん同様、第2次UWF時代から船木誠勝
さんのファンである私は、船木さんの名前からも一字使うことを考えていたところ、以前読んだ本で「船木優治(当時)VSジャッキー・チェンの計画があった」と書いてあったのを思い出し、「このつながりならアリだろう」ということで、そのまま使うことにしました。
もう一つ、手持ちの辞書によると十二支では五番目の「辰」は
「龍」をあてるそうで、この視点からでも「アリ」でしょうか。

ライター、取材者として

ライター、取材者に身を投じるきっかけは、某旅行ガイドブックの調査に携わったことからです。その時の時間を忘れ、夢中になれるだけでなく、色々なことを知りながら自分を成長させ、高められる経験が忘れられず、「何とか続けられないだろうか」と思いながらやってきました。

しかし、大した実績がなく、世間のことを何も知らない者を相手にするところは皆無な訳で、目標を失い、何のために生きているのか分からず、引きこもりのような日々を送っていたこともありました。

その中で転機になったのは、2004年9月に台北で行われたAAA世界野球選手権でした。

野球とのつながり

2004年のAAA世界野球選手権では、取材用のパスを提供していただき、記者会見の時から密着していましたが、そこで色々なメディア、野球関係者と知り合うことになり、台湾の野球のことを知ろうと何度も渡航し、その様子や歴史などを調べ、文化的な背景なども調べるようになっていき、2005〜2008年の11月に東京ドームで開催されたアジアシリーズでのテレビ局への情報提供、ラジオ番組出演、雑誌や新聞などでの台湾野球事情の紹介といった仕事につながって行きました。

2009年には、ワールドベースボールクラシック(以下、 WBC)の公式プログラム(東京ドーム開催分)のチャイニーズタイペイ代表の戦力分析、台湾野球史などの執筆に携わり、TV局の情報サポートなどを担当していきました。

その後は、2013年と2017年のWBCの公式プログラム(日本開催分)と2015年のプレミア12(日本開催分)のチャイニーズタイペイ代表の戦力分析も担当していきました。

野球を離れ…

野球から距離を置くきっかけになったのは、2009年の10月〜2010年初頭にかけて起きた「黒象事件」。「黒象事件」は人気球団の兄弟エレファンツ(当時、現在の中信ブラザーズ)の選手らが八百長への関与を疑われ、10人以上が起訴された台湾プロ野球の屋台骨を大きく揺るがした事件です。起訴された人物には、中込伸監督も含まれていました。中込監督の話を台湾へ来てから色々なところから聞いていますが、「本当に(事件に)関与しているのかな」と思いたくなるような話が聞かれました。
また、事件当時の周囲の動きを見ていて、「社会全体の動きにもしっかり目を向けていかないと、本当の姿は見えてこないのではないか」と強く感じるようになり、その手始めとして、以前から興味を持っていた海外在住のライターが集まり、執筆など幅広い活動を行っている団体に入会し、野球以外の原稿も執筆するようになりました。

高校バスケHBL

野球の次に追いかけるようになったスポーツが、高校バスケのHBLです。

野球を追いかけている当時から、会場へ出入りしていたのですが、撮影の機会をいただき、様子を見ていたら、日本と変わらない光景が広がっていました。

負けても涙。勝っても涙。選手だけでなく、指導者や周りの人たちも涙になることが多く、プレーのひとつひとつに気迫がみなぎっていて、日本の高校生スポーツと相通ずるものを感じ、プレーだけでなく、文化的側面からも注目するようになりました。そして、教育の現場へ一気に舵をとるきっかけになったのが、2012年3月の女子決勝戦で台北市立第一女子高級中學(以下、略称の北一女)の初優勝(下の写真)でした。

高校バスケから教育、文化へ…

北一女は、台湾でも才女が集う女子校として知られていますが、HBLでも8強の常連。ただ、当時は3位が最高でした。それが予選から選手たちが成長を見せ、チームの団結力も上がり、決勝でU-18代表クラスの選手を複数抱えていた普門高級中學を延長で下しての初優勝は感動的でした。そこで涙を流して喜んでいる選手、OGたちにつられて、私も涙が出てしまいました。

その後、日本の報道でよく見かける「感動の主役たちが迎えた卒業式」というイメージで、3年生の様子を追いかけるために、6月の卒業式に初めて取材に訪れました。そこで見たものは、100人あまりの卒業生が約1ヶ月間、自分たちで準備し、当日もほとんど自分たちで卒業式を行っている姿。担当の先生もいましたが、特に注意することなく、その様子を見守っているだけでした。

自分の経験では「常に先生たちが管理している」という印象が強く、信じられなかったこともあってか、「どうやって準備をしているのだろう?」とか、「普段、どんな教育をしているのだろう?」とか考え、その後の国際交流活動、学園祭などの主要行事におじゃまし、様子を見せていただけたるようになりました。

北一女の卒業式をきっかけに、いろいろなところで話を聞き、高校の卒業式に興味を持つようになり、毎年のように新しい訪問先を開拓していきました。開拓してきた訪問先では、卒業式にとどまらず、学園祭、国際交流活動、模擬国連…と範囲を広げていく内に、教育専門誌で執筆する機会をいただくようになりました。

組合加入

詳細はこちらに譲りますが、2021年9月23日付で網路自媒體從業人員職業工會という自身でインターネットメディアを立ち上げ、活動している人たちの組合に入会しました。組合の会員としても、活動の範囲を広げていき、組合の日本人への周知をしていければ、と考えています。

今後目指すもの

文化的なものでは、漫画・アニメのイベント、ゲームショー、台湾へ来てから日本語を教えている関係で興味を持ち始めた台湾社会における日本語の浸透度、出版事情なども教育関係と並行して追いかけるようになり、その方面でも新しい訪問先を開拓していきました。

野球、バスケットボール、格闘技といったスポーツだけでなく、教育、文化などいろいろな範囲で取材、執筆する機会ができるよう、また著書も出せるよう頑張っていければ、と考えております。

みなさまのご支持、ご支援を賜り、目からウロコの情報を提供できるよう、努めていきますので、よろしくお願いいたします。



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